みなさまこんにちは。
今回は、大学4年生の頃に書いた英語発音指導についての論文を載せていこうと思います。
1.はじめに
1.1 目的
人によって差はあるものの、日本人の話す英語がなんとなくぎこちなく感じるのはなぜだろうか。その原因にはイントネーションや核配置などがあるが、英語母語話者と日本人英語学習者を比較してみるとどのような違いがあるのか。また、日本の中学生は将来に対する英語の重要性を感じながらも、英語に対する苦手意識を持つ生徒は多い。なぜこれほど英語に苦手意識を持つ生徒は多いのだろうか。もしその苦手意識が喋ることに因るものだとすれば、どのような指導をすれば効果があるのだろうか。この論文では日本語と英語の音声面に焦点を当て、発音に指導を与えることで日本人母語話者の英語は向上するのかを明らかにすることを意図する。
英語音声学を学ぶにつれ、英語には発音上様々な要素や現象があることを知った。また、中学校から英語を学んでいくうちに、英語母語話者同士の会話や英語リスニング教材を聞いていると通常の速度で話される英語には聞き取るのが難しいフレーズがあることに気付いた。単語を聞きとるときにその単語ひとつで発音されるときには聞きとれても、文レベルでの会話になると聞き取ることが難しくなってしまうのはどうしてなのか。この「聞き取ることが困難」なことは、発話をする以前に英語を苦手と感じてしまう要因になってはいないだろうか。また、もちろんとても上手く発音することができる日本人もいるけれど、発話に関して日本人英語学習者の発話はネイティブのようには聞こえないのはなぜなのだろう。その原因は一つに限らず、イントネーションや核配置などいつくかの原因が考えられる。ここではそれらの一部である「同化と脱落」に限って見ていくことにする。英語発話という生産的な側面に焦点をあて、発音に関する明示的指導が発音に与える影響を調査することにする。
1.2 手法
日本語母語話者に対する発音指導の効果を分析する。諸効果を検証するために、英語母語話者の音声と、日本人英語学習者の音声を比較検討する。ここでモデルとする英語母語話者の音声データは、ESL Podcast(1)の音声データを使用する。日本人英語学習者の音声データは、ボイスレコーダーで録音したものを使用する。比較する際には音声分析ソフトウェアである「praat」を用い、聴覚・視覚的分析を試みる。
(1) ESL Podcastとはインターネット上で配信されているダウンロードファイルで、週に2~3回程度の音声配信を行っている。
1.3 手順
連続した会話で現れる英語の特徴的な現象をまとめる。ここで扱う現象は脱落と同化である。指導の効果を見るために被験者に協力してもらい、英語の発話をボイスレコーダーに録音する。その際に採取した音声データを音声分析ソフトpraatにかけ、日本人英語学習者と英語母語話者の発話の視覚的分析を試みる。指導を与えることで指導した内容が発話に影響するのかを見る。また、教授した内容を別の文に適用することができるのかを確認していく。なるべく純粋な日本人に協力をお願いすることを意図し、高円宮杯全日本中学校英語弁論大会で設けられている参加者基準を参考にし、被験者対象外枠を設けた。
(a)主に英語を使用する国・地域、英語圏で生まれ、満五歳を過ぎるまで英語圏で生活した者。
(b)満五歳の誕生日以後に、通算一年以上または継続して六カ月以上、英語圏に居住した者。
(c)祖母・祖父母のいずれかが、英語圏の国籍を持ち(帰化された方を含む)、日本における居住期間がおおむね三十年未満である者。
(d)海外での居住地が英語圏以外の国であっても、六か月以上、現地のインターナショナル・スクールやアメリカン・スクールに在籍した者。
2.先行研究
2.1 連続する発話
英語の発話において連続する会話はConnected Speechと呼ばれている。Connected Speechと共に用いられる用語に引用形式がある。引用形式はCitation Formと呼ばれ、ある単語を辞書で引いたときに示されるような音声表記に見られる。たとえばdeleteという単語を辞書で引いた場合に見られる/dɪlɪt/や/dəlɪt/という表記が引用形式である。ある文章を引用形式で発音する場合には辞書に表記されている通りに1つずつ発音すればよいが、連続した会話においてはそのように発音されない。なぜなら連続した会話では単語と単語が連続するので、語境界で様々な現象が起きるからである。その現象について、これから同化と脱落について日本語と英語の音節にも触れながら見ていくことにする。
2.2 日本語と英語の音節
内田(2003 :22)は、日本語の音節を「ん」と「っ」の場合を除き、「子音+母音」で表している。一方で英語の音節は日本語の音節よりも複雑であり、以下のようにまとめている。
図2:英語の音節
英語は母音・子音の数とその組み合わせの数が日本語よりもずっと多い。このような音節構造の違いから考えると、日本人の話す英語は子音の後に母音が挿入されがちなのではないかと考える。教育実習期間中に中学三年生を対象とし、録音をしたものを以下に示す。
/ t /の後に母音あり。 / t /の後に母音あり。
図3:ある中学生の英語発音 “what about it”
上のスペクトログラムと波形から、what, aboutのどちらとも[ t ]の後に母音が後続していることがわかる。日本語は「子音+母音」という音節の特徴を持つため、日本人英語学習者の話す英語に「子音+母音」という特徴が反映されるのではないか。もし反映されているとすればそれを指導することで、母音や子音に変化が生じるのであろうか。この論文ではいくつかある英語的特徴の中で、連続した発話における同化現象と脱落についてみていくことにする。
2.3 同化
2.3.1 同化の定義
同化現象には様々なタイプがあるが、本論において扱う同化は、音を連続して調音する際に音が近隣の音の影響を受ける現象を同化として扱う。
2.3.2 日本語の同化
日本語にも後続する子音にその前の音が影響を受けて変化するということはあるのだろうか。川越(1999)は、日本語のくだけた会話で「お前」が「オメー」になる例をあげている。また、/ n /の調音位置が次の子音に合わせて調整される例として、「ほんま」・「ほんと」・「ほんき」をあげており、それぞれの/ n /は[m], [n], [ŋ]として発音される。
2.3.3 閉鎖音の同化
同化はその度合いによっていくつか分類することができ、そのひとつに逆行同化(Regressive Assimilation)がある(小栗, 1964)。逆行同化では、後続する音にその前の音が同化する。また、逆行同化の一つに閉鎖音の同化というものがあり、これは閉鎖音どうしが衝突する場合に起きるものである。その例を下に示す。左の発音記号はひとつずつはっきりと発音したものであるのにたいして右側の発音記号はconnected speechで発音したときのものである。[ ̚ ]は不完全な開放を表す音声記号である。
(1) a. that pen [ðæt pɛn] [ðæp̚pɛn]
that boy [ðæt bɔɪ] [ðæp̚bɔɪ]
that man [ðæt mæn] [ðæp̚mæn]
that cup [ðæt kʌp] [ðæk̚kʌp]
that girl [ðæt gɚːl] [ðæk̚gɚːl]
b. good pen [gʊd pɛn] [gʊb̚pɛn]
good boy [gʊd bɔɪ] [gʊb̚bɔɪ]
good man [gʊd mæn] [gʊb̚mæn]
good concert [gʊd kɑːnsɚt] [gʊg̚kɑːnsɚt]
good girl [gʊd gɚːl] [gʊg̚gɚːl]
(1)aではthatの/ t /が、(1)bではgoodの/ d /が、それぞれ後続する音に同化している。この場合、(1)aにおいて[ t ]がそれぞれ[p, k]に変化しており、(1)bにおいては、[ d ]の音がそれぞれ[b, g]に変化している。[ t ]は歯茎で発音するのにたいして[p, k]はそれぞれ両唇と軟口蓋で発音される。また、[ d ]は歯茎音であるのにたいして[b, g]はそれぞれ両唇、軟口蓋で作られる音である。このように閉鎖音どうしが衝突すると、はじめの閉鎖音の調音位置が変化することがある。Gimson(1980)では、語末/t, d, n, s, z/は後続する語頭子音の調音の位置に同化しやすいことを「語末の歯茎音の不安定性」と表現している。
2.3.4 口蓋化
同化の一種に口蓋化という同化現象がある。口蓋化は二つの音が融合する同化である。口蓋化の例を以下に示す。
(2) want you [wɑːnt juː] [waːntʃə] not yet [nɑːt jɛt] [nɑːtʃɛt]
last year [læst jɪɚ] [lɑstʃɪɚ] would you like [wud juː] [wʊdʒə]
miss you [mɪs juː] [mɪʃə] in case you [ɪn keɪs juː] [ɪŋkeɪʃə]
has your letter come? [hæz juɚ] [hæʒɚ] as yet [æz jɛt] [əʒɛt]
上記の句は口蓋化がおき、/j/が消滅して新しく/tʃ/, /ʃ/の音ができる。このように語境界の二つの音が作用する同化を相互同化という(川越:1999)。
2.4 脱落(Elision)
Gimson(1980)は、速くくだけた話し方において音が語境界で脱落することがあるとしている。脱落するような場合をまとめると、以下のようになる。
/-st, -ft, -ʃt, -nd, -ld, -zd, -ðd, -vd/+子音
/-pt,- kt,- tʃt, -bd, -gd, -dʒd/ +子音
二音節の否定辞/ -nt / +子音or母音
上記以外の条件でも脱落することはあるけれど、必ず脱落がおこるとは言い難いようである。また、上記の条件であるとしても脱落が必ず起こるというわけではなく、これらの条件下では起きやすいというにとどまるようである。
日本語の脱落に関して、川越(1999)では「消去」の例として、ワタシ(私)[watɑʃi]がアタシ[atɑʃi]なる例や、ナニカ(何か)[nɑnika]がナンカ[nɑŋka]になるといった例をあげている。
2.5 英語学習者の到達基準について
世界中で話されている英語であるが、第二言語として英語を学習する場合、どの程度まで発音を向上させるべきであるのだろうか。その指標がいくつか思案されており、ここではその到達基準について少し触れようと思う。清水(2011)では、国際的なコミュニケーションの手段としての英語を「国際語としての英語」と位置づけ、日本語母語話者にたいして発音面でのガイドを試みている。その中で、Gimson(1980)では、発音教育にどれくらいの時間をかけるべきか、そして十分なコミュニケーション力といえる到達度の度合いを教師と学習者両方が考える必要があるとしている。また、学習者の目標とする発音として、①RP and Regional RPs, ②American English, ③International English(2)という3つの基準が設けられている。
(2) ①Regional RP→ 地域の発音の特徴をある程度含んだRP
②American English→様々な母語話者の英語の特徴の混合物から形成されたモデル
③International English→国際的な場面で必要に応じて随時、非母語話者同士のコミュニケーションに用いられる英語をさす。
World Englishとして英語の影響力がますます進むなか、(3)NNSどうしのコミュニケーションが頻繁に行われている現代社会において、どの程度のレベルを到達基準にすればよいのか明らかにすることは重要な事項ではないだろうか。Gimson, Cruttenden, Jenkinsともに、NNSによる同化や脱落の習得には消極的ではが、本論ではより(4)NSのような発話を目指すことを念頭に、同化や脱落の指導が学習者にどのような影響をもたらすのかを検証していく。
2.6 / t /の脱落に関する実験
松井(1998)は、/ t /が脱落する際にかかる母音の継続時間について、日本人と英語母語話者両方のデータに基づいて検証している。また、以下の例文を使用し、指導前と指導後におけるcanの母音の継続時間についての変化を測定している。
1. I can go. 2. I can’t go. 3. I can tow.
4. I can’t tow. 5. I can bowl. 6. I can’t bowl
これらの例文の発話を録音し母音の長さを測定した結果、英語母語話者のデータはcan’tの方がcanよりも4倍の母音継続時間を示した。一方で日本語母語話者が発音するcan’tの母音継続時間は、canの1.7倍であった。このことから、日本人母語話者の方が母音にかける長さは短いことがわかる。そして、日本語母語話者に指導をした後測定した結果、よりネイティブの長さに近くなった。
この実験結果を考慮して、英語に見られる同化や脱落といった現象も同じように音声的、視覚的なインプットを加えることでネイティブの発音に近づくことができるのか、次の章で見ていくことにする。
(3)NNS : non native speakerの略。ある言語の母語話者ではないことを示す。
(4)NS : native speakerの略。ある言語の母語話者であることを示す。
3. 分析方法
大きく分けて三つの段階を踏んだ実験を行う。
i ) 文章を読んでもらう。
ii) 現象について指導し数回練習を加える。
iii) ①と同じ文章を読んでもらいボイスレコーダーに音声を録音する。また、①と異なる文章を朗読してもらい、音声を録音する。
これら(i)~(iii)の手順を踏んで行い、3つの工程に使用する時間は、①に6分、②に8分、③に6分程度とし全段階で約20分とする。なお、この作業は被験者一人ずつ個別に行う。
3.1 指導前後の変化
3.1.1 手順
手順は以下に示す( i )から(iii)の段階を踏んで行う。
( i )
はじめに、podcast 721のプリントを配布し、英語の音声を遅めのスピードで聞いてもらう。聞いてもらう音声は、ESL Podcastにて提供されている音声データを用い、この音声データには通常の会話程度の速度で話されるパターンとその二分の一程度の速度のパターンの二パターンの早さがあり、この段階では通常の二分の一程度の遅めのスピードで聞いてもらうことにする。これは不明な単語をある程度聞き取ってもらうことを意図しており、朗読の中断を避けることを意図している。音声データを聞いた後に大まかな内容の意味を説明し、質問を受ける。その後、被験者のタイミングで録音を開始する。
( ii )
録音終了後、3.2.1(10ページ)のダイアログでマークされている箇所において現れる現象について説明を行う。説明はパワーポイントで作成した補助資料を使用する。補助資料は巻末(pp26~30)にまとめる。扱う現象には同化と脱落の二つを説明する。被験者にはpodcast 721の文章に黄色でマークされた資料を配布する。現象の説明と共に、マークされた部分の発音練習を三回程度行う。その後質問を受け、被験者の音声を録音する。
( iii )
( ii )で録音した後、別のESL Podcastを使用した録音を開始する。はじめにネイティブの音声を聞いてもらい、その後に内容確認を行う。次に質問を受け、被験者のタイミングで録音を開始する。
3.1.2 仮説
先行研究において、指導を与えた後の方が[ t ]に前出する母音の継続時間はより英語母語話者に近づいたように、指導した前後ではターゲットとなる単語や句で起こる同化や脱落の程度は増す。
3.1.3 指導における留意点
・( i )と( iii )で扱う文章は異なるものとする。
・実験終了後、説明した現象についてはじめから知っていたかどうか尋ねる。
・読んでもらうスピードは被験者に無理の無い速度で行う。
・実験前に録音を行い卒業論文に使用する旨の承諾を得る。
・8名からそれぞれ3つの音声データを録音する。
・指導する際に説明が早くなりすぎないよう、被験者の理解度を確認しながら説明する。
・できるだけ雑音の入らない静かな場所で録音する。
3.2 データ
英語母語話者のモデルとして使用した音声データのスクリプトを以下に示す。指導前後でESL Podcast 721を用い、指導効果の別文章への適用を見るためにESL Podcast 829を用いた。 音声データはESL PodcastのスピーカーであるDr. Jeff McQuillanの音声をダウンロードし使用する。
次ページから実験に使用する文を示す。
3.2.1 使用する文章(指導前後)
黄色いマーカーのある部分に焦点をあてる。
ESL Podcast 721 – A Widespread Epidemic
Alan: (1)Did you see today’s news? There’s been an outbreak of Podcaster’s Disease in the city.
Katja: Oh, my God, (2)not Podcaster’s Disease! I would not (3)want to come down (4)with that.
Alan: The first outbreak was at the local high school, and the health authorities thought it was localized. But a second, more widespread, (5)outbreak has been reported at the city’s government offices.
Katja: That’s terrible! I (6)thought Podcaster’s Disease was very rare.
Alan: It is, (7)and that’s why the authorities are so alarmed. It’s highly communicable, so they’re hoping it (8)won’t turn into an epidemic, or worse, a pandemic.
Katja: I’ve (9)heard that this disease is horrible, but I’m not sure what the symptoms are. Do you know?
Alan: From what I’ve read, sufferers (10)of Podcaster’s Disease can’t stop talking and they speak in an announcer’s voice all the time.
Katja: Oh, my God, what a terrible fate!
Script by Dr. Lucy Tse
使用する文章・指導後に扱う文章(別文章)
ESL Podcast 829 – Having a Barbecue
George: Step aside! The king of the cookout is here. I’m ready to work my magic on this barbecue.
Sophia: Here are the burgers (1)and hot dogs. The kids are pretty hungry.
George: Hold on. I (2)need to put on the charcoal. Now I’m ready to fire up this barbecue. Where’s the lighter?
Sophia: It’s right here.
George: Good. Oh, I almost forgot. I’ll (3)need to gather some (4)wood to burn to give the (5)meat that smoky flavor.
Sophia: Why don’t I do that while you (6)get things going?
George: No, I (7)need to do things my way. I also (8)need to make my world-famous barbecue sauce. The meat (9)won’t taste very good if I (10)don’t barbecue it with my special sauce.
Sophia: Okay, how about if I (11)get the corn ready for grilling?
George: I’ll do that. I have my own special way (12)of preparing the corn.
Sophia: Is there anything I can help?
George: No, thanks. (13)Would you tell Ken to hurry up?
Script by Dr. Lucy Tse
3.2.2 ターゲットとなる単語・句
以下の表は、今回焦点をあてた単語・句である。それぞれ3つの現象について、指導前後での変化を調べた。指導の際にはパワーポイントのスライドを用い、3つのグループごとに説明を行った。
Group1. (1)Did you
Group2. (3)want to, (4)with that, (7)and that’s, (8)won’t turn, (9)heard that
Group3 (2)not podcaster’s, (5)outbreak, (6)thought podcaster’s, (10)of podcaster’s
Podcast 721 | 単語・句 | 現象 |
1) | did you | 口蓋化 |
2) | not Podcaster’s | 調音位置の同化 |
3) | want to | 脱落 |
4) | with that | 脱落 |
5) | Outbreak | 調音位置の同化 |
6) | thought Podcaster’s | 調音位置の同化 |
7) | and that’s | 調音位置の同化 |
8) | won’t turn | 脱落 |
9) | heard that | 調音位置の同化 |
10) | of Podcaster’s | 調音位置の同化 |
Podcast 829 | 単語・句 | 現象 |
1) | hot dogs | 脱落 |
2) | need to | 脱落 |
3) | need to | 脱落 |
4) | wood to | 脱落 |
5) | meet that | 調音位置の同化 |
6) | get things | 調音位置の同化 |
7) | need to | 脱落 |
8) | need to | 脱落 |
9) | won’t taste | 脱落 |
10) | don’t barbecue | 調音位置の同化 |
11) | get the | 調音位置の同化 |
12) | of preparing | 調音位置の同化 |
13) | would you | 相互同化 |
表1:ターゲットとなる単語・句
4.分析結果
この章では分析結果を示す。まず指導前後で容認することができる被験者による発音はどのようなものなのかを明確にするために、同化と脱落それぞれで3つの判断基準を設定した。この判断基準をもとに、被験者の英語発音における連続音声での現象を指導前、指導後に分けて分析結果を示す。praatの波形やスペクトログラフも適宜使用して掲載する。また、指導効果の判断基準として以下の基準を設けそれぞれ点数化し、指導前後の変化を示した。
4.1 効果の判断基準
指導前後で、何をもって発音ができているとするかの判断基準を同化と脱落について設けた。また、基準ごとに0から2点の点数を付した。
4.1.1 同化の判断基準
同化の判断基準 |
○=同化する際に前出する閉鎖の破裂、または摩擦音の摩擦なし(2点) |
△=閉鎖の破裂、または摩擦音の摩擦あり(1点) |
×=破裂・摩擦の後に母音挿入(0点) |
表2:同化の判断基準
上記の指導前と指導後の波形とスペクトログラフをみると、指導前では[ t ]の破裂の後に母音が挿入されている。このように破裂の後に母音が挿入されている場合は0点として計算する。一方で、指導後の波形とスペクトログラフをみると、[ t ]の波形は見られるが、ほんのわずかであり母音は挿入されていないことがわかる。このように、[ t ]の破裂がわずかに見られるが、聴覚的に聞こえないものは2点、[ t ]の破裂が顕著である場合は1点として計算する。
4.1.2 脱落の判断基準
脱落の判断基準 |
○=脱落される音が脱落している(2点) |
△=脱落した音が破裂している(1点) |
×=脱落する音が破裂し母音挿入あり(0点) |
表3:脱落の判断基準
指導前の波形とスペクトログラフから、[ t ]の後に母音が挿入されていることがわかる。この場合は0点として計算する。一方で指導後の波形とスペクトログラフをみると、[ t ]は破裂せず、母音も挿入されていないことがわかる。この場合には2点として計算する。また、同化と脱落ともに、破裂・摩擦のみで母音は挿入されていない場合には1点として計算する。
4.2 実験結果
4.2.1 各被験者の結果
実験結果を被験者ごとに表にまとめ、最高点を20点とし、合計と平均を指導前後で算出する。下記の表は被験者Aの結果である。ほか7名の被験者も同じように表にまとめる。まとめた表に基づき、被験者8人につき指導前後の結果をグラフにまとめたものが図8である。
各被験者とも指導前の点数に差はあるものの、指導後は約1.7~2点で収束していることがわかる。また、指導後に点数を落とした被験者は一人もいなかった。このことから指導の効果はあったと言えるのではないだろうか。
4.2.2 同化と脱落の伸び率
Podcast 721において被験者一人につき同化7つ、脱落3つを被験者の人数分それぞれ掛け合わせ、全体的な変化を調べ、以下の表にまとめた。下の表から、同化の伸び率は約39.3%であった。一方、脱落における正解率の伸び率は約20.8%となり、同化の伸び率を下回った。ここでの疑問点は、指導前と指導後で同化の正解率が逆転したことである。同化と脱落の正解率が約3.6%逆転したことについて、もともと検証する脱落の数自体が3つと少なく、1問×や△がついてしまうと平均点が同化と比べて下がってしまうことが考えられる。
4.2.3 別文章Podcast829の結果
Podcast829という指導した文章とは別の文章を用いてその正解率を計り、その結果を表7に示す。ターゲットとなる単語や句の質はPodcast721とPodcast829でそれぞれ異なるが、わずかに平均点を下げた2名EとFを除いて指導前よりも数値は上向きになっていることがわかる。これだけのデータでは適用されたと言うことはできないが、新たに制約を加え、ターゲットとする単語や句の質を同レベルのものにして検証することで今後結果を見てみたいと思う。
4.2.4 各ターゲットの正解率
表8はPodcast721とPodcast829のターゲットとした単語や句で、最も正解率の低いものを調べたものである。Podcast721に関して、指導前の正解率を用いて算出し、上位3つを表9にまとめる。
Podcast721において、ターゲットとなる単語や句で最も正解率の低いものは”not podcaster’s”, 同順位で“outbreak”だった。続いて“thought Podcaster’sが位置しており、3つとも同化が上位につけた。同化が上位3つを占めたのは、実験段階でPodcast721を聞いたとき、同化現象が脱落よりも認識するのに困難さを伴うものだからとは言えないだろうか。また、別文章のPodcast829において、1位には同化である“won’t taste”が占めているけれど、2位は同順位で3つ同化現象が占めていることがわかる。このことから、脱落よりも同化に対する困難さが大きいのではないだろうか。
4.3 指導方法
本論の実験で、その場限りではあるけれど、指導の後は比較的、指導で受けたことを被験者は再現することができたと考える。また、同化と脱落とでは、同化の方が難易度的に難しく、正解率の上昇が指導の効果であると仮定すれば、同化を教授することで英語が聞きやすくなったり発話しやすくなったりするのではないか。そこで、同化や脱落についての指導方法を提案する。清水(2011)は、日本語母語話者のために発音指導のガイドラインを紹介している。そこでは、英語と日本語を交互に聞かせる指導法方が示されている。たとえば、日本語の「テキスト」と英語の”text”を交互に聞かせて両者の違いを理解させるようなものである。
今回、本論の実験の際に補助スライドを作成し、そのスライドを用いて指導を行う。その際に、ターゲットとする単語を日本語的な発音例と英語的な発音例を示しつつ指導を行う。たとえば、図9のスライドを見せ、日本語的な発音で[didu ju],そして英語の連続した会話を意識して[di dʒə]を発音して聞かせる、というような方法で指導を行う。上記のように両言語の特徴の理解が第二言語の習得を助けることがあるかもしれない。
<次回更新に続く。>